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“稼げるカメラマン”の育成で「写真館」を憧れの職業に。㈱冨士代表取締役・白岩大和さん

コラム

2020.04.06

「写真館を家族の絆や愛情を確認する場所に、
家族写真を撮ることが年に一度の特別な楽しみになるように」
-写真業を通じて田村市の未来を考える、白岩大和さんのビジョンとは。

祖父の代から田村市船引町で写真館を営む家庭で育った白岩大和さん。野球に明け暮れた高校時代を経て、充実していた大学生活を送る最中、突然中退の道を選択します。理由は家業である「写真館」を継ぐため。若干20歳で田村市にUターンし、30歳の時点で代表取締役として就任した白岩さん。今年の1月には新スタジオを郡山にオープンさせ、ますますのご活躍が期待される今、写真業界や田村市で「食べていく」ことについて、率直な胸の内を伺ってきました。


 

冨士写真館の3代目として田村市で事業を展開されて、2020年1月には郡山市にフォトスタジオもオープンし、ご活躍されていますよね。昔から会社を引き継ぐ気持ちはあったのですか?

白岩さん:そうですね。中学1年の時に祖父が亡くなったのですが、その時から漠然と「いつか自分がやらないと」と思っていた記憶はあります。その後に高校、大学へと進学して色々考える中で「親孝行したい」という気持ちがより強くなっていって。大学在学中に、後を継ぐことを決意しました。
高校野球をしていた人は分かるかもしれませんが、基本的に「親に迷惑かけてきた」という気持ちがあるんですよ。私は甲子園にも出場経験のある郡山高校に通っていたので、始発に乗って終電で帰る生活が当たり前でした。もちろん親は、頑張っている私に対して嫌だとは思っていなかったと思いますが、終電が無くなると父親が学校まで迎えに来てくれたり、母親も朝早くにお弁当を作ってくれて。その時ことが「親孝行したい」という気持ちを大きくさせているのかもしれません。
東京の大学に進学したのですが、私が20歳の時に業界の急激なデジタル化が進んで、それにより実家の事業が低迷してしまいました。当時5店舗あった店舗や20名近くいたスタッフもどんどん減っくるという状況を受けて、地元に戻ることを決めたんです。当時は単位もしっかり取ってバイトもサークルもと、まさに「充実した大学生活」を送っていたので、中退を決意した時は皆に驚かれましたね。

-大学を辞めて家業を継ぐために帰ってきた…ということは、元々カメラを学んでいた訳ではなくて、仕事をしながら覚えていかれたということですか?

白岩さん:そうです。初めはカメラの使い方も知らなかったので、父親に同行しながら覚えていきました。その後、福島県写真館協会で定期的に開催されている勉強会に参加したり、PGCという全国の若手写真館経営者が参加する団体に所属して視野を広げて。
そこで出会った同業の先輩方から様々なビジネスモデルを知ることができ、視野が大きく広がりました。今では全国の同業の先輩方が師匠です。

-Uターン後、一から学ばれていったのですね。とは言え写真館の需要が少なくなる中、事業を「継続」していくことも大きな課題ですよね。その辺りはどのようにお考えですか?

白岩さん:個人的には、事業を継承すること自体はそれほど難しいことではないと思っています。大切なのはやはり、時代に合わせた経営手法を取り入れてさらに事業を継続していける“道”を模索することではないかと。先代は時代に合ったやり方で会社を継続してきたため、同じやり方で僕がやっても時代に合いません。特に写真業界は著しい変化がありました。何十年も続けてきたからこそ、新時代への対応は容易ではないんです。親の世代で“変える”ということの難しさを痛感したので、私はその分、現代にあったやり方や次世代に事業を継承していける方法を探し続けてきました。

-時代に合った方法を自ら見つけていくことが、事業継続の肝なのですね。
ちなみにそういった意味で、田村市で経営されている『冨士写真館』と、今回新しく郡山市にオープンされた『photograph Amery』では、コンセプトなどに違いはあるのでしょうか?

白岩さん:はい。業務内容や方向性が違うため、屋号を変えました。田村市の冨士写真館は「トータルフォトスタジオ」です。学校のアルバム、出張撮影、ブライダル撮影、記念写真、プリント、葬儀写真など、写真に関わること全てをオールマイティーに行う場所で、田村市には必要な場所だと思っています。地域の人にとっての便利な写真屋さんですね。金額も無料や10円の仕事から20~30万円という仕事、何百万円という仕事まで幅広くあります。
一方で今回オープンした郡山市のスタジオは、「記念撮影の専門店」として自分が今後やりたいことを実現させた場所です。マーケティング差別化戦略で「密着軸・商品軸・手軽軸」という考え方があるのですが、僕がしたいことは、福島県の写真館にはまだない「商品軸の戦略」です。例えばスターバックスのように、少し遠くて高価格帯でも、空間や時間を含めて「そこにしかない価値」を体験してもい、最高品質や最新技術で競合店舗との差別化を図り、ブランド化することでファンを増やすという方法ですね。

-つまり、郡山では「商品軸」の戦略がお客様のニーズマッチし、田村ではより地域への「密着軸」が重要になってくるとうことですか?

白岩さん:基本的にはそう思います。なるべく地域のお客様の要望を叶え、「密着軸」を徹底的に極めることが田村市での事業には向いていると思います。一方で、冨士写真館でも、市外からのお客様を呼ぶことはできると思います。ただし、田村市で商品軸の戦略をするには飛び抜けた「ブランド力」が必要だと思うのも正直なところです。
実は、田村市の冨士写真館でもスタイルを追求した「商品軸の戦略」を実践してみたことがあるんですよ。そしたら、昔はゼロだった郡山市のお客様が増えたんですよね。来店理由をアンケート調査しても、田村市のお客様は「近いから」という理由が多い一方で、郡山市のお客様は「SNSを見て」や「口コミ」など、僕が実践していきたいサービスが郡山市のお客様により理解されているだと感じました。

-なるほど。隣同士の郡山市と田村市でも、それだけお客様のニーズというのは違うものなのですね。
なぜそもそも「マーケティング戦略」に着目して事業に取り入れようを思われたのですか?

白岩さん:僕の知り合いに名古屋で写真館をしている方がいるのですが、お客様の半分は東京からいらっしゃるそうなんです。ひと昔前は写真館に行くには片道15分が当たり前でしたが、現在は新幹線を含めて片道3時間圏内が商圏だと言われています。
郡山市での市場規模を考えると名古屋のような尖ったブランド戦略はできませんが、メニューがしっかり準備されていて、時代にあったスタイルのスタジオを提供し、技術もあって、しかも値段が相場であったなら「お得」と感じてくれると思うんです。お客様はいつも「お得」を求めています。技術や価格はもちろん大切ですが、低価格で下手な写真ではお客様を幸せにはできないと考えています。接客・技術・空間・商品、自社が提供できる全てのサービスの総合評価にお客様がお支払いをしてくださいます。「お得」と感じていただけることイコールお客様の満足度だと思うんですよ。

-提供するすべてのサービス質とそれに対する「お得」という印象が、お客様の満足度につながるということでしょうか。それを実践していきたいと思われた、と。

白岩さん:はい。それをカタチにしたのが郡山市のスタジオ『photograph Amery』なんです。
私自身、福島県写真館協会コンテストで4年連続金賞を受賞していますし、「営業写真部門・婚礼写真・自由作品部門」の3部門全てで金賞受賞経験もあります。空間や接客はもちろんですが、技術の面からも自信をもって良いサービスをご提案していけると思っています。

-より求められているものを提供するために、きちんと戦略を掲げ、高い技術力をもってそれに応えていく…。郡山での白岩さんの展開がとても楽しみです。
一方で田村市では、その「ビジネスのあり方」や「働き方」の感覚も郡山とは少し違ってますよね?その辺りについて、考えることはありますか?

白岩さん:地域文化として、田村市では「週末は郡山市へ買物に行く」というのが当たり前になっています。実質、田村市で稼いだお金を郡山市に落とす構造になっているんですね。でもそれでは田村市の経済的な発展は難しい。私は地元が好きだからこそ、自分が郡山市で稼いだお金を地元に還元することで、田村市に貢献したいと考えています。
そのために「地域で働く」という可能性を、田村の若者に見せてあげたいですね。田村市の就職を目前にした若者って、「地元で働くか」もしくは「東京で働くか」の二択になることが多いのが現状です。東京へ行かなければ活躍できない、もしくは我慢して地元に残る、というような道だけでなく、色々な仕事の仕方や活躍の方法があるということを、私の仕事を通して伝えられたらなと思っています。福島県にも魅力や夢はたくさんあることを若者たちに感じてもらいたいです。

-「働くこと」への可能性を広げたいということですが、現在世の中の動きとしても、テレワークや在宅ワーク、フリーランスなど「働き方」の概念が変わりつつありますよね。写真業界でも新しい時代の変化などあるのでしょうか?

白岩さん:現在の写真業界はフリーランスが活躍する「第4世代」と言われています。今後あと3~4年で、写真業界も第5世代の「シェアリング世代」に突入すると思うんですよ。なので、同じく田村市で子育て支援をされている『一般社団法人Oval』の添田麻美さんにも、僕のスタジオでベビーマッサージ教室を定期的に開催していただくなどして、お互いのお客様を紹介し合っています。
また、今後はフリーランスカメラマンももっと表に出てくると思うので、スタジオをレンタルするのも良いなと思っています。あるいは夜の時間帯に塾を経営しても良いかな、なんて。事業のシェア、空間のシェア、モノのシェア、価値観のシェア…既成概念にとらわれず、「共有すること」で新たな付加価値を生み出すビジネスモデルが業界でも増えていくと思います。

-写真業界にも新しい時代の流れは確実にやってきているのですね。
最後にこの激動とも言える時代の中、会社としてのビジョンや今後の目標について聞かせていただけますか?

白岩さん:ベタですが、麦わら海賊団のような会社を目指しています。それぞれ別な個性や能力を持ったメンバーが集まって、自分が死んだとしても理念は残り続ける会社。そのためにも、しっかりカメラマンが稼げる環境を作って「写真屋さんってこんなに面白いんだ!」「こんなにも夢があるんだ!」ということを伝えていきたいですね。また、人材育成についても力を入れていきたいです。写真業界が廃れないためにも、もっとカメラマンも必要ですし。お金を稼げるかっこいいカメラマンが増えればと思っているので、30代は人材育成のための環境を整えたいと思っています。写真館も今後20年で後継者不足の問題などで半分くらいに減ると思っているので、スタジオというハコがあるからこそのメリットを活かしていきたいです。

そして私の一番の目標は、写真館を「家族の絆や家族への愛情を確認する場所」にすること。写真館で写真を撮ることが、ディズニーランドや温泉旅行のような「家族の特別な楽しみ」になる。そんな場やサービスを目指していきたいですね。


地方都市である郡山市、その隣に位置する田村市。隣同士と言えども、ビジネスを展開する上での環境は全く異なるということが分かりました。しっかりと戦略を持ち、地域にあったやり方で事業を行えばどんな地域でも可能性はあるということを、白岩さんの言葉は感じさせてくれます。
そんな白岩さんが3年かけて考えたという理念には、その想いが存分に表れています。

私たちは、写真業を通じてお客様の未来が幸せと感動で溢れ、
地域社会の未来が夢と活気で溢れる豊かなものになるように、
写真文化の継承と進化発展に努め、
お客様が一生涯安心してご来店できる環境作りと、
ご家族の歴史に幸せの瞬間を刻み、
次世代まで語り継がれる感動の写真サービスを追求・提案し続けます。

実家の事業を継承するだけでなく、全国の写真館との繋がりの中で多くのことを学び、継続していくための取り組みにつなげてきた白岩さん。未来を担う人材育成も考えられており、今後の白岩さんのご活躍が益々楽しみです。

冨士写真舘 Fuji Photo Studio
住所:福島県田村市船引町東部台3-35
Tel:0247-82-0274
営業時間:9:00~19:00
定休日:木曜日
photograph Amery
住所:福島県郡山市島1丁目18-3
Tel:024-983-7680
営業時間:9:00〜18:00
定休日:木曜日、第1・3・5水曜日

ライター:金藏浩美